移住

2011年3月11日より皆様に大変お世話になってまいりました事に、まずは感謝申し上げます。

この間、本当に色々な経験を積ませていただきました。 食料や燃料、日用品など当たり前だと思っていたものが手に入らないこと。
地震、津波だけではなく目に見えない恐怖との戦い、そのことに対する故郷(私の言う故郷、相馬というのは旧相馬藩領全体を指しています)への風評。
当たり前だけど今までに経験したことのないことが、次から次に起こりました。

それらを乗り越えて来ることができたのは、相馬を想って下さる皆様のお気持ちを知ることができたからでした。
2012年3月11日故郷に住むことに対する不安から避難生活を余儀なくされている方々(いわゆる自主避難者)に対し、支援者の自治体からいつまで支援が必要なのかとの声を聞くようになりました。
この声を聞いた当初は、まだたった1年なのになんでこのような事を言うのだろうと、怒りすら覚えましたが、冷静に考えてみると確かに支援というものはいつまでも続くものではない。自分たちで自活できる道を作らなくてはいけない。そう思ったのを覚えています。

その頃、相馬では震災により多くの方々がこの地を離れざるを得なくなりました。
この町は若者がいなくなったので産業が構築できない。 年寄りばかりの街になってしまったので活力がない。 そのような声が聞こえてきました。

でもそれって震災前も同じことを言っているのでは。。。

日本全体も2040年には高齢化率が40%となると言われ、相馬はいわば20年後の日本の姿を映し出す「課題先進地」として最先端を突っ走っている地域と言えます。その問題を解決するためには、多くの人々が手を携えて叡智を結集して、それぞれが持続可能にならなければならない。
この大いなる課題を、相馬は解決していくことで800年続いた歴史を未来に紡げるのではないでしょうか。

相馬に課せられている大きな課題は2つ。
一つは人口流出による地域の疲弊、もう一つは全国各地に避難されている方々のケアであり、離れて生活している故郷に対する郷土愛の継承です。
相馬における新たな産業構築は、地元の仲間、企業、自治体と連携し、多くの叡智をいただきながら一歩一歩進めてまいります。

次に、避難されている方々に関しては広島県神石高原町において相馬ビレッジ構想を実行中です。
私たちの思いのもとに、地元の自治体、民間企業、NPO団体だけではなく他地域からも有志が集い、立ち上がってきてくれています。
人もいない、さしたる施設も何もない、数多くの社会的課題を抱えるこの地域での処方箋は国内でのロールモデルを示すとともに、今後、世界が直面する少子高齢化社会の中でも新たな範が示せるのではないか。
この町が持っている、素晴らしい自然と立地条件を生かした事業が、異なる地域とつながり、世界への入り口となり、一地域だけでなく日本を救うことにつながっていくと確信しています。

こういった事が出来るのも震災のおかげで出会うことが出来た多くの皆様とのご縁をいただいた結果です。
今まで、本当に多くの皆様にお世話になってきました。そんな私たちが故郷を救い、避難している地域を救うことができたら、今まで暖かいお気持ちで応援してくださった皆様に対する一番のお返しになるのではないでしょうか。

ようやく、進むべき道が定まった今、このページを使って逐次ご報告させていただきます。
これからも、皆様のお力やお知恵をお借りすること多々あるかもしれませんが、ぶれることなく故郷のため、邁進してまいりますので、引き続き倍旧のご厚情を賜りたく、切にお願い申し上げます。

神石高原

アクセス

神石高原ホテルへ右折する交差点を左折してください。